明治の始め、日本に来た外国人が「青い屋根の下の家も小さく、青いのれんをさげた店も小さく青い着物をきた人も小さい。」 と言ったほど青く澄んだ大気に満ちた国日本。それほど藍染めの衣料は私達の暮らしにいつでも身近に溢れていたものでしたが、 今のようにファッション的というより、アメリカで西部開拓をする人々がガラガラ蛇から身を守るためブルーデニムが生まれたように、 毒虫や蛇除けのためその効果がある藍で染めた野良着で仕事をするという生活の中から生まれた知恵だったのです。 昔、おばあちゃんは柳李(やなぎごうり)の中に藍染めの着物を一枚入れ、大切な着物を虫から守ったというのも有名な話。 でも急激な防虫剤の普及や生活環境の変化のもとに、いつしか姿を消しつつある色でもあったのです。いつの間にか物にあふれ、 使い捨ての時代になれてしまった現代の若者達が気がついた「育てる色」。そのきっかけが数年前に世の中でブームになったビンテージジーンズ。 昔ながらの味ある風合いを追い求め、自分で使い込まないとできない「時間」という糸を自分で紡ぐことの喜びを経験した人が増えてきた気がします。

最新式の織機が悠然と静かに布を織っている広い工場の片隅で、左右でたたかれたシャトルが忙しそうに往来する昔ながらの力織機。 体全体で揺さぶってわめき散らすほどうるさくてでも止まっているのかと疑うほどのロースピードでしか布を織れないヤツ。 その姿がけなげで涙が出そうになったのはこの夏の倉敷の山奥での体験・・・。 「色が褪せてきたと表現される他の染料にくらべ藍色は「色が冴えてきた」といわれる唯一のものです。 黒と見紛うばかりの濃い藍色が白に近い気品ある薄青になっていくまでそれぞれに美しい色相がみられます。

「いくら古くてもいいものは骨董になるけど、そうでないものはただのガラクタや・・・。」とは、ある古美術商の言葉。 私は服の骨董品をつくりたいと思っています。
今まで何枚も何枚も手がけてきたけれど、一枚として同じ物はありません。
それはこれからも続ける私の「衣(ころも)」づくりの信念です。
最後に「衣」という印を入れるとき、長い時間と工程をくぐって出来上がった一枚一枚に来世まで受け継がれるよう祈りを込め訣別 していくのです。